Apr 15, 2013

[A Tribute to Ryunosuke Akutagawa & An Execise "From Michigan (21st Century Version)"] 芥川龍之介の文体模倣・練習 『ミシガンより(二十一世紀版)』

僕はその朝、目を覚ますが早いか滞在するホテルを出て、市街地の往来をはた目に、ミシガンの田舎の風景目がけてジョギングを開始したのであった。
僕の目に映ったものはいかにも亜米利加<<アメリカ>>らしい風物詩であった。辺りを支配するものは、たとい食料品店(グローサリ・ストーア)の中であれ、役所の待合であれ、保守的で善良に見える田舎者たちの佇まいに他ならなかった。

冬の終わりを告げる明るい空気を切って運動する僕の眼前に飛び込んだものは「彦根市」と綴られた標識であった。それは私のまぶたの裏に幻の映像として浮かんだのだった。

この日本の地名の唐突な出現に僕はフラッシュバックのような感覚を覚えない訳にはいかなかった。

その発見はたちまち僕に「ひこにゃん」という、あの奇怪な気ぐるみを僕に連想させたのだった。あの城跡に現れる白い大型の人形。無邪気で滑稽な気ぐるみの中で、油汗をかき、息も切れ切れの青年の苦しさを脳裏に写し出しながら・・・・・・。


僕はジョギングを終えたのち、ホテルの自室に到着するが早いか、すばやく机に向かい、執筆中の原稿に取り組んだ。その仕事は来週までに終えるべきものに違いなかった。

その作品は、友人夫婦との交際によって妻を裏切らざるを得なくなった男の悲痛な告白録だった。僕は三十分の間は恐るべき速度で執筆をした。が、運命の終わりを告げる何者かに押さえるかのように、たちまち書くことができなくなった。

「くたばってしまえ!」僕はそばにあった紙屑を壁に向かって投げつけた。そこに現れたのは一匹の鼠(ねずみ)であった。それは部屋の隅から隅へと一直線に走り、姿を消したのだった。僕は飛び上がり、別の戸棚に据え付けてあったベルを鳴らした。

ホテルの給仕(ボオイ)のノックがあったのは僕の呼び鈴を鳴らして、かれこれ二十分以上も経ったころだった。

「どうかいたしましたか?」
給仕(ボオイ)は米語で私に尋ねた。僕はつたない言いまわしで、鼠(ねずみ)が住み着いていることを説明した。給仕(ボオイ)はベッドの下をのぞきこんだり、棚のドーアを開けてみたりした。そして、私の顔を怪訝そうにのぞきこみながら、
「あなたの気のせいかもしれません」と言った。「しかし、念のため団子状の薬を撒いてみましょう。この薬は鼠のみならず、ゴキブリも人間も殺すに十分の能力を持っているのです」

僕は給仕(ボオイ)に礼を言った。彼は、白い歯を見せ、
「まずは様子を見ましょう。私の妻(さい)もこれに似たものをよく夕食に出すのですよ」
と亜米利加人らしい言葉を残して、部屋のドーアを閉めた。

浮かんだ明るい表情の奥に僕は「生活」の悲哀を感じないわけにはいかなかった。それは僕の心に、人生の痛みと諦めを連鎖させ、刻んだのに違いなかった・・・・・・。

僕は執筆の作業に疲労していた。しかも、そこに突然鳴り響いたのは、ミシガンに暮らすB君であった。彼は去年まで日本に生活していた二ヶ国語話者(バイリンガル)であった。彼は僕の姿を見つけるや否や、人懐っこい表情を浮かべ、右手を挙げて挨拶をした。

彼は十代の娘さんを助手席に乗せていた。
「冷凍菓子(アイス・クリイム)が食べたいと言って私についてきたのです」
とBさんは簡略に説明をした。

娘さんは日本語で僕に一言挨拶をした。英語で言うべきか日本語で言うべきか、僕は終始迷っていた。B君と娘さんは英語で会話をし、僕へ何かを言う時は二人とも必ず素早く日本語に切り替わるのであった。

僕はB君の車に乗り込み、Ann Arborの南側にある瓦斯ステイションへ向かった。そこには娘さんが買いたいと思っている冷凍菓子(アイス・クリイム)の在庫があるというのである。

「ありました。これです」と娘さんは僕に教えた。B君は良かった、と娘さんに英語で告げ、それから二言三言、さらに英語で言った。娘さんは何かを英語で応答し、僕の方を振り向き、日本語で、
「今日はこれだけです。私の父がガソリンを入れて参りたいと申しています。ですので、それが終わるまで店内で待ちましょう」と言った。

「差し支えありません」と僕が言うと、娘さんは、
「今回は、同じ品目を二つ購入いたしました。私の父は、私の冷凍菓子(アイス・クリイム)を秘密裏で食べてしまうのです。あの鼠(ねずみ)の団子も、父なら食べてしまいかねません」
と言い、十代の女性らしい笑い声をあげた。

僕は怪訝な顔で娘さんの顔を見上げた。「知っているのだ」と僕は思った。運命から逃れられないことを告げる警鐘が鳴らされるのを感じながら・・・・・・。