Jun 7, 2015

Memorial Day Run 2015


Participated the 5K run for the Memorial Day Run in Novi, MI, on 5/25



走ることが私の日常の一部分になったのは最近のことである。私は長い距離を走るのが元来嫌いであった。小学校の長距離走大会が私に悪い印象を植え付けた。爾来、半マイル以上を走ることをしないまま成人し、中年になったのである。

今の職場の今の部署に働き始め、私は部署対抗の駅伝大会に出ることを勧められた。去年の秋のことだった。私は断り続けたが、私の同僚の一人はどうしても参加させたがっている。彼は地元ミシガンの大会のみならず、ボストンマラソンやロサンゼルスマラソンにも参加する、大の走り好きである。

正直走りに少しの興味はあった。健康の向上意識もあった。ただチームの順位を著しく下げることには不安があった。自分の部署は参加辞退をした。その後、別の部署で飛び入り参加を激しく募集していた。歩きに近い走りでも何でもいい、というのであった。同僚もその部署チームに入るという。私も参加することにした。

毎日昼休み、同僚は私を特訓してくれた。会社の敷地内を1マイルかそれ以上、一緒に走った。息が切れるし、早くなど走れぬ。「走りきることが重要です」と彼は言った。「走りきる」という言葉の意味は、へとへとでゴールインするのではなく、最も力を出した状態でゴールラインを抜けることを謂うのである。

練習は昼にとどまらない。夕方も練習した。その甲斐あって、恥ずかしくないタイムを記録した。「走り抜ける」こともできた。仕事以外でのチームワークを発揮する楽しさが分かった点で有意義であった。38チーム(部署)が参加したうち、我々の順位は18位ぐらいだったと思う。

以来、私は会社のフィットネス・ジムにもよく通うようになった。暖かい季節になれば外を走る。

会社の駅伝大会から数か月がたった。寒い冬が終わって、緑の生うる初夏が来た。メモリアルデー記念の大会がNovi市で開催されることを同僚が私に知らせた。これは一般の催しものであるから会社は関係ない。私はプライベートでこっそり参加申し込みをし、大会当日は早起きし、Ann ArborからNoviに車を飛ばしたのである。


会場で私は準備運動をし、軽いウォームアップを始めた。そこへ大きな声で私に声掛けする者がいた。私の同僚であった。しばしの会話をした。彼は最初のプログラム10Kを走るべく、さっそくスタート地点に向かった。

私は5K(5 Km)に参加したのである。全体で142位。年齢別(40-45歳)で9位という結果であった。結果はさておき、非常に楽しいイベントであった。同じ会社の人たち数人と会った。走る人のとても多い職場だと思った。別部署または別地位の方々と仕事等の会話だと盛り上がりにくいが、運動の話題ができるということで良いことだと思う。